hideの「ピンクスパイダー」とダンセイニの「都市の王」とラヴクラフトの「アウトサイダー」

今回も無理やりなテーマなのですが、hideの「ピンクスパイダー」を取り上げてみようと思います。ダンセイニの「都市の王」とラヴクラフトの「アウトサイダー」もなぜか一緒に話題に入ってきますが。

ファンタジー愛好家にはhideの名前はまったく知られていないと思うので、木村カエラの場合と違って説明をしておきます。彼は伝説的なバンドX JAPANのメンバーとして、ギターを担当し、ビジュアル面にこだわった活動をしてきました。X JAPAN解散後はソロ活動をしていましたが、まだまだこれからというときに急死しました。享年33歳。若くして亡くなったことから余計に伝説のカリスマ扱いされることになりましたが、様々な活動の中で実績を積んできたhideにはその資格があるように思います。

hideとダンセイニには、はてしなく遠い結びつきがあります。hideがX JAPAN以前に加入していたバンド「横須賀サーベルタイガー」には後にソロ活動をするkyoがメンバーとしていました。このkyoの4thアルバム「ZOO」のジャケットに用いられたイラストはシドニー・サイムの「お化け動物」シリーズを使用しています。(ちなみにイラストは画集からの転載ではなく原画を使用しているので、すごくきれいな印刷に仕上がっています。イラスト目当てであれば、同時期に出版された雑誌の広告の方が大きな画が手に入ります)サイムはいわずと知れたダンセイニの初期短編集のイラストレーターです。どうでしょうか。常識的に考えるならまったく縁がないのですが、マニア的な偏屈で結びつけてみました。

ピンクスパイダー」はhideの没後すぐに発売され、100万枚を超えるヒットを飛ばしました。「ROCKET DIVE」「ever free」と合わせて三部作とされていますが、合わせて解釈するとあまりにややこしいので、今回それは無視してテキスト起こしをしていきます。

物語はこうです。ピンクスパイダーは狭い世界に生きていて、そのことにあきらめを抱いていました。そこに極楽鳥がやってきていいました。蝶を羽根をもらって、空にきたらと。ピンクスパイダーは翼を手に入れるべく蝶を襲いました。蝶に向かっての恨みはありません、ただ空が高く、羽根が欲しかっただけなのです。羽根を奪われた蝶はいいました。飛び続けるつらさにあなたもいつか気づくでしょう。誰かの手の中で飛んでいて、それを自由と読んでいたことにも、と。借り物の翼で飛んだピンクスパイダーですが、うまくいかず墜落してしまいます。落ちる中で、ピンクスパイダーは本物の翼が欲しいと願います。そして、ピンクスパイダーはもう一度空へと飛び出そうとします。空が呼んでいるのです。さて、ピンクスパイダーははたして空を飛べたのでしょうか?

様々な解釈が可能な歌詞世界です。hide急死の際には世界への絶望を歌ったのではないかといわれたこともあったそうです。「ピンクスパイダー」が奪った翼で飛ぼうとして墜落するあたりには確かにそんな解釈もできるでしょう。しかし、「ピンクスパイダー」は最後に再度の空への挑戦を表明しています。絶望的な状況の中でも希望を捨ててはいないのです。

ダンセイニ「都市の王」にも蜘蛛が登場します。この中で蜘蛛はお話のオチとして現れます。「川」や「道」たちが自分たちは結局のところ人間に奉仕する存在ではないのかと議論していると、蜘蛛がやってきていいます。都市は蜘蛛のためにある。人間たちがやがて去ったあとで都市の王になるのは蜘蛛なのだと。ダンセイニ初期短編によく表れる都市テーマを変則的に扱った作品です。ここに登場する蜘蛛は人間の全能ぶりを茶化す存在です。彼は自分に与えられた(と思い込んでいる)役割に忠実で、疑うことをしません。ピンクスパイダーに比べるとかなり能天気といえなくもありません。実際、ダンセイニには実存の悩みなどほぼないように思われます。(人間と世界のかかわりに関する他の悩みはありましたが)

ピンクスパイダーは最初から渇望の状態にあります。自由への渇望です。それもかなり手の負えない状態まで追い詰められていることがわかります。なんといっても「近づくものは なんでも傷つけ」るまでになっているのです。自分の内側に閉じ込めておくことができないぐらいというわけです。あきらめ混じりに、「これが全て どうせこんなもんだろう?」と嘯きますが、それも渇望の裏返しにすぎません。本当にあきらめた人間は何もつぶやいたりしないものです。

では、ラヴクラフトはこんなときにどんな対処をしたのでしょうか。それは作中に矛盾を抱えながらも迫力のある筆致で描き出した「アウトサイダー」に答えがあるように思います。長い間古い城に一人で住んでいた「おれ」は、あるとき人間たちのパーティに紛れ込みました。すると、人間たちは一人残らず逃げ出してしまいます。それは怪物が現れたからです。「おれ」は怪物を見つけますが、それは鏡に写った自分自身であったのです。「おれ」は逃げ出し、古い城ではないところに逃げてしまいました。

「おれ」の状態はピンクスパイダーよりはるかに深刻です。孤独の中で生きてきて、自由への希求もほとんどありません。さらに他者とのコミュニケーションで最初で最後に教えられたことは、自分が怪物であり、避けられるべきものであることなのです。逃げ出す先は故郷である古い城ではなく、古代の墓なのです。帰るべき故郷もなく、他者からは避けられ、自分は怪物であると規定してしまいます。ピンクスパイダーの文脈にそって表現するのであれば、空への渇望もなく、極楽鳥は逃げ出し、四角い空が見える巣からも逃げ出してしまうという感じでしょうか。

能天気なダンセイニ、絶対的な厭世感のラヴクラフト、その中間のhideという図式が見えてきましたが、ことはそう単純ではありません。ダンセイニが心を砕いたのは文明によって自然を破壊している人間はいずれ絶滅する、人間は文明を捨てなければならないということでした。ラヴクラフトにしても逆説的ですが「恐怖」のなかに自分の自由を見出しました。hideが「ピンクスパイダー」で表現したのは、絶望的な状況でも自由への希求を忘れないでいてほしいということでした。

唐突にhideについて語りたくなったのは、仕事中に流していたラジオから突然に「ピンクスパイダー」がかかったところに出くわしたからです。古い友人がhideのファンで彼が亡くなったときにいろいろ語ってくれたのを思い出しました。それを聞いているときはどうでもいいことだと考えていました。ところがだいたい10年ぐらいが過ぎていまこの曲を聴いてみると、ひどく心に響くことに驚きました。歌詞に地の文が少なめで、対話的な表現が多かったので、葛藤の中でこの歌詞を書いたのだろうと気が付いたあたりで、何か書かなければならないなあと思うようになったのです。

さて、書くだけ書いて肩の荷が下りたので、「片影」三号の編集に戻ります。一応、一月下旬発行を目標にしております。いまの進み具合だと難しそうですが。うーむ。