「ラヴクラフトにおけるダンセイニ受容」(4)の没テキスト

書いていたテキストの一部を使わなかったので、せっかくなので載せておきます。
注釈を入れようかと思って書いたのですが、内容とあまり関係ないので、煩雑になるなあと思って、採用しませんでした。でもまあ、本文なしで注釈だけ読んでもわけわからんでしょうが、そこはそれ、せっかくなので『片影四号』を買っていただければいいわけですよ。
 <始まり>の原単語はBeginning。ダンセイニは幼少のころより欽定英訳聖書を読むように指導されていた。欽定英訳聖書はいま手元に初版の復刻版しかないので、そこから引き写すと『創世記』の冒頭は、In the beginning God created the Heauen, and the Earth.とある。次のエピソードでオリュンポス(ギリシャ神話)やアッラーイスラム教)が引き合いに出されていることを考えれば、<始まり>に含まれる寓意は神話から取り上げられたものだと推測できる。そこから創世記のbeginningまでは目の前だ。ダンセイニは<始まり>ではなく、『創世記』と書くこともできたはずだが、コミュニティに根付いている宗教に喧嘩を売るわけにはいかなかったのであろう。作品が誤解される可能性も大きいといえる。しかし、ダンセイニはずっと後になって、いくつかの長編で明確にキリスト教を否定することになる。
 少し脱線して書誌からトリビアをひとつ語っておこう。この『エルフランドの王女』をラヴクラフトは所有しており、書簡中で読んだ旨を言及している。ラヴクラフトが持っていた版は、S・T・ヨシ編『ラヴクラフト蔵書目録』によれば、発行元が「パットナム社:ロンドン」であり、真正の初版であると思われる。これが本当に二五〇部限定記番の初版であれば著者であるダンセイニ卿と挿絵のシドニー・H・サイムの直筆書名が記されているはずである。「本当に」と書いたが、『エルフランドの王女』は初版発行年に再販されており、古書目録では混同されていて、本当の初版なのかどうかの判別が難しいので、ダンセイニアンにとっては注文するかどうかの判断が難しい書物なのである。本が手元にあれば訓練されたダンセイニアンであれば区別は容易である。本来であれば、再販以降の出版社は「パットナム社:ロンドン及びニューヨーク」又は「パットナム社:ニューヨーク及びロンドン」と地名が変更されており、これで区別できるはずなのだが、書誌製作者でもない古書店の記載は完璧ではなくあいまいなものなので、どちらか判らないことが多い。